2019-01-01から1年間の記事一覧

僕のほしいもの

夢の中にまで出てきたあの少女は もうすっかり大人の女になっています 腕も脚もすらりとのびて 髪も黒々と艶やかで まだ大人になれない僕は こうして夜の音を独り聞きながら 明日までの道のりを指折り数えて 白々明けるまでの時を噛みしめているのです 友人…

チェインギャング

私がどれほそ汚れようと 世界は変わらず美しいのだ 私がどれほど怠惰であろうと 世界は変わらず活発なのだ 私がどこまで死の淵に近づこうと 世界は変わらず生に輝くのだ 知っているかい? 世界は私のことなんて知らないのだ 歯牙にもかけず 素知らぬ顔で 何…

消失と

そして春の夜は更け また別の朝を連れてくるのでした 今でも私はあの夜を忘れはしないのですが あんまり朝日が眩しいもので なんにも見えなくなってしまうこともあるのです 目の前も 昨日の月も あの夜のあなたも 見えなくなってしまうのです おはよう そう…

秘密の抜け道

午後八時半 もう閉まった暗い店の前で 一つの公衆電話だけが 街灯を浴びて夜に浮かんでいた 誰がかけるのか 誰がかけるのか 与えられた役割が動き出すのを じっと待っていた 僕のポケットには 十円玉が二枚 果たして誰かにかけてみようか 覚えている番号は一…

そして私は旅に出る

そして私は旅に出る 一片の影をキッチンのテーブルに置いたまま それが幼児の遊び相手になっているうちに そっと 二匹の犬は気づいて吼えるが 雲一つない空は声を全てのみ込み あとには不在だけが残った 真っ直ぐに伸びる一本の道 うねうねと曲がる二本の道 …

クレヨンと夕焼け

大きな火の玉が彼方の街へ墜落していく 真っ赤に焼けたビルが澄みきった空気の中で クレヨンのように立ち尽くす 今にもぽきりとへし折れそうな 今にもどろりと融けそうな それを握って 世界をぐちゃぐちゃに塗りつぶしたい そんな空想は罪か 救いか いつの間…

やさしいうた

やさしいうたってなんだっけ と君は言った 目をつぶると流れるメロディを君にも聞かせてあげたいけれど あいにく僕の喉はからからに乾いている ひきつれた襤褸のような声は風にまぎれて 君を通り越して 向こうの海へ散っていった やさしいうたってなんだっけ…

漂流

大勢の人がいる中でたった一人いるときのあの孤独と嫌悪と一片の心地よさは何だろうか 私が私でしかない中で多くの人々の間を過ぎ行き一人の私を皆が笑っているのではないかと被害妄想にさいなまれる羞恥と諧謔と逆説的な優越感は何だろうか 人の海を泳ぎ人…

じっとじっと

言葉に時間はない 凍れる世界が永遠に動きを停め 誰かが話したその時に 誰かが聞いたその時に あなたが読んだその時に あなたが呼んだその時に 世界は時間を吹きこまれ 言葉は歌に恋をする 動き出すその時をじっと待っている じっと じっと 花が開くように …

静かな地獄絵図

音が 音の粒が 線になって 波になって 絵になって 像になって 色をつけて 味をつけて におって そっと触れて 溶けて 街に溶けて 人もビルも花も車も みんなみんな 踊りだして 割れて 逃げて 砕けて 千切れて 散って 音が 音の粒が 降り注ぐ 降り注ぐ 弾ける …

流行歌

真夏の雪は僕と君の上にしか降らない 照りつける太陽を反射する雪は 思ったよりも美しくなくて 思わず苦笑い 嘘みたいな雪の白さは 入道雲よりも ソフトクリームよりも 君の肌よりも 嘘だ 本当のものがみたいと君が言うから ポケットの中を必死に探すけど コ…

ミッシングリンク

夏の暑い一瞬に 言いようのない空白を感じるときがある 夏の頂点を突き抜けるような思いで アスファルトの上を走る午後三時 後から思えば あの瞬間こそが一枚の絵だった 熱い空気の塊を泳ぐ その時はわからないけれど 青空を切り取る白い稜線 迫りくるそれが…